救済事業の歴史 その5

民間の篤志家たちによる救済事業も次々と始まりました。

なかでも、児童保護事業が中心となり、1887年(明治20年)には石井十次が岡山孤児院を設立しました。

この岡山孤児院では、岡山孤児院12則とよばれる、生活するうえでのルールを決めていました。

たとえば、「家族主義」は、子供たちは小集団に分けられて、保母(今の保育士)と一緒に小舎で生活すること、「満腹主義」は、おなかいっぱい食べることで、心が豊かになり悪い習慣もなくなっていくこと、「密室教育」は、ほめるときも叱るときも、ほかの子供たちの前ではなく、別室で行うことなどです。

このような考え方は現在の児童養護施設の運営にも大きな影響を与えています。

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